君の隣り
SS:君の隣り
夕食の買い物をして、家路に着く。
海沿いの道を歩きながら、のんびりと歩を進める。
風は穏やかで、寄せては返す波も心地よい潮騒を奏でる。
夏の暑さは和らぎ、冬の寒さはまだ遠い。季節の合間に気まぐれに訪れる心地よい日だ。
一行の一番最後を歩きながら、シャマルは家族たちを眺めた。
散歩も兼ねての買い物だから、それぞれの手に握られた物に大きいものはない。
バラバラの身長の家族の影が緩やかに伸びている。
先頭は、やはりというか、当然というか、何やら楽しげに会話を弾ませる末っ子コンビだ。時々、会話が騒がしくなるが、そこはすぐ後ろについているヴィータが一言、二言口を開けば、すぐに沈静化する。
喧嘩もするが、互いが気になって仕方がないのだ。だから、お互いのことに口を出しあっては、相違があると喧嘩になる。でも、相手を好いてもいるから、ひどいことにはならない。
喧嘩するほど仲がいいとは、彼らのためにある言葉だ。
その後ろのヴィータは、末っ子たちの会話が口論に発展すると口を挟むが、基本的には穏やかに2人を見守っている。
いいお姉ちゃんだと、はやてがヴィータを褒めるたび、照れ臭そうに喜ぶ表情は、はやての妹の顔に戻るが。
家族の中心であるはやては、ザフィーラと並んで歩きながら、昔と変わらない優しい笑顔を年少組に向けていた。
さりげなく見える横顔に、昔のあどけなさはない。けれども、辛いこと、苦しいことすら受け止めて包み込む大らかさが、彼女を柔らかでありながら、芯のある女性に成長させていた。
同性であっても、素敵だと思える。
ずっと一緒に暮らしているのに、ふとした時にみせるはやての表情は、息をするのも忘れるくらいに見とれてしまう。
ザフィーラと交わす話題は、きっと近所の子供達のことだろう。はやては、実に嬉しそうに聞いている。
「どうした、シャマル?」
少し前を行くシグナムが首を傾げてこちらを見ていた。
何時の間にか、足を止めてしまっていたらしい。
慌てて小走りしてシグナムの隣りに並ぶと、何事もなかった顔で歩き出す彼女の歩調は、先を行く家族を抜かさない緩やかなものだ。
「それで、どうした?」
まだ、先程の問いかけは続いていたらしい。
横目でこちらを見るシグナムに笑い返すと、シャマルは前を見た。
傾いてきた日差しが、はやてを優しく包む。
「はやてちゃん、綺麗になったわね」
シャマルの視線が向かう先にシグナムも視線を向ける。
自分から視線が外れたから、ちらりとシグナムを盗み見ると、優しい顔がそこにはあった。
「ああ、そうだな」
溜息のような、つぶやきのような返事に、シャマルは「あなたもいい感じになったわよ」と言ってあげたくなったが、それはやめておく。
きっと、赤くなって照れた後に、皮肉が飛んでくるに違いない。
ヴィータも、シグナムも、ストレートの賛辞に弱いのだ。
湧き上がってきたいたずら心をしまい込み、シャマルもはやてを見る。
最近、髪を伸ばし始めたからか、前よりもずっと女性らしさを感じるようになった。
はやてを見ていると、自然と笑みが浮かんでくるは、心が満たされているからだ。
「この間ね、はやてちゃんに恋人はいるのかって、看護師の子に聞かれたのよ」
その言葉に、あからさまに顔をしかめるシグナムに苦笑しながら、シャマルは首を横に振った。
「もちろん、プライベートは答えられないって言って、うやむやになったわよ」
よく気が付く他の看護師が話題をかき回してくれたおかげで、シャマルも余計なことを言わずに済んだ。
いくら管理局内で知名度高い指揮官といえども、芸能人の類ではない。仕事以外のことには興味本位だけで深入りすべきではない。
それに、はやては稀少能力保有者だ。
公開される情報は、厳密に管理されている。
迂闊に踏み込もうものなら、機密情報を管理する部署から目を付けられかねない。
「でもね、後から思ったの。はやてちゃんが好きになる人ってどんな人なのかしら?私は、どんな人がはやてちゃんの隣りにいて欲しい人なのかしら?って・・・」
「主はやてを守れる人、だろう?」
シグナムの言葉にシャマルは笑みを浮かべて頷いた。
「それもあるけど、私は誰よりもはやてちゃんを愛して、どんなことよりも優先して大事にしてくれる人であって欲しいわ」
シャマルのあまりに真剣な空気を読み取ってか、シグナムが目を細めた。
「自分よりも、家族。自分よりも、お友達。自分よりも、被害者たち。自分よりも、事件の解決。」
そこまでシャマルが言って、ようやくシグナムもシャマルが言いたいことがわかった気がした。
「はやてちゃんは周りの人たちをとても大切にするから、変わりにはやてちゃんだけを大切にする人がいいなって、思ったのよ」
「・・・でも、主はやては違うだろう?」
陽射しに遮られて、シグナムの表情はわからない。だが、どこか嬉しそうで、どこか寂しそうな顔をしているに違いない。
シャマルも、シグナムもわかっているのだ。
「はやてちゃんが好みのタイプは、私たち家族を大切にしてくれる人だそうよ」
あの看護師のことは悪くは言えない。
興味本位で、シャマルもまた聞いたことがあったからだ。
その時は、少し照れ臭そうに笑ってはやては教えてくれた。
何よりも家族を愛するはやてらしい答えだった。
「はやてちゃんは、もっと自分の幸せを優先して欲しいなんて、わがままかしら?」
我侭だと、シグナムは言うだろう。
その言葉を待っていたシャマルは、シグナムがいつまで待っても答えを返してこないことに、首を傾げた。
「シグナム?」
「・・・ああ。そうだな・・・」
帰ってくる声も、曖昧で上の空だ。
だから、シグナムを軽く睨むと、彼女は苦笑をする。
「いや、すまない。我侭というより、どちらかと言えばテスタロッサに近いと思ってな」
意外なところで、シグナムの好敵手であり、はやての友人の名が出る。
シャマルが首を傾げると、シグナムは先ほどと同じ苦笑を浮かべてシャマルを見た。
「つまり、まるで母親のようだ」
その返しは予想していなかったから、シャマルが言葉をつまらせる。
そんなつもりはなかったが、確かに言われてみると、そんな感じもしなくはないが、母親というものがどういうものかわからないから、なんと切り出していいものか、対応に困る。
複雑なシャマルの心境とは正反対に、シグナムはどこか清々しい顔をしてシャマルを見た。
はやてと暮らすようになってから、見せるようになった優しい笑みだ。
「シャマル。私たちの主は大丈夫だ」
主と言うが、そこには冷たい主従の関係ではなく、全幅の信頼と共に確かに紡がれてきた絆がある。
「あの笑顔がある限りな」
「シグナムー!シャマルー!遅れとるよー!」
はやての声が風に乗って届く。
いつの間にか距離が開いてしまったらしい。少し先ではやてが笑顔で手を振っていた。
無邪気に笑うと、少し幼く見えるはやての笑みは、今のところ家族限定だ。
「はい!今、行きます!」
行くぞという声かけと共に歩調を早めたシグナムに合わせて、シャマルも小走りではやてに駆け寄る。
夏の終わりが、少しセンチメンタルな気持ちにさせたのかもしれない。
そう思うことにして、シャマルははやてが笑顔で伸ばしてきた手を握り返した。
「あ〜!シャマルズルいです!」
目敏くリインが声を上げると、シャマルはするりとはやての腕にじぶんの腕を絡ませた。
「たまにはいいでしょ。ね、はやてちゃん」
「もちろんや」
くすくすと笑ってはやてが頷くと、シャマルは少し不満げな年少組に満面な笑みを送る。
ちなみに反対側にはザフィーラがいるが、彼は多分その位置を譲らないだろう。それに、そちら側には荷物を持っているから、手も繋げない。
再び歩き始めた家族の輪の中で、ふわりと涼やかな風が舞った。
笑ながら家族と言葉を交わすはやてを横目で眺めながら、シャマルはやっぱり願ってしまう。
世界で1番、彼女が幸せになることを。
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